3.今日の日本の学校の問題点


 2章では4回にわたって、ハワイにおける日本語学校と日系人・日本人移民の歴史や、教育システムについて述べてきた。日本語学校はどのような特徴があるのか、いかなる目的を持っているのか、「異文化のなかでの教育」という視点も少し加味しつつ、大まかな部分については理解が出来たと思う。
 3章では、日本の現在の学校教育に関係する諸問題について、その中から2つを取り上げる。「1.はじめに」でも挙げた「生きる力」と「ゆとり」の教育について、そして愛国心教育についてである。

『A.「生きる力」と「ゆとり教育」』
『B.愛国心教育』


『A.「生きる力」と「ゆとり教育」』

 さて、1つ目に「生きる力」、そして「ゆとり教育」について考えていきたい。そのためには「生きる力」や「ゆとり教育」とは何かについて述べておく必要がある。
 「生きる力」とは、日本の文部科学省が定める学習指導要領の新しいテーマとなっている。(※1)それまでの「ゆとり教育」や「詰め込み教育」を見直し、子どもたちに社会の中で活躍していけるような力を身に付けさせたい、ということが「生きる力」の教育の目的である。

 その目的を達成するために、文部科学省は3つの能力を掲げている。『確かな学力』『豊かな人間性』『健康・体力』の3つである。(※2)これらのバランスを考えたうえでどのように教育していくか、それを教育者には求められているのである。その他の新学習指導要領の注目すべき要点については、文部科学省公式ホームページ「幼稚園教育要領 小・中学校学習指導要領等の改訂のポイント」などを読んでいただきたい。
 このような「生きる力」の教育は、小学校では平成23年の4月から、中学校では平成24年の4月から、高等学校では平成25年度の入学生から実施される。実際にどのような効果が出るかについては、今のところはわからない。しかしながら、それまで取られていた「ゆとり教育」と比較すれば、自ずと見えてくるだろう。

(右の画像は、文部科学省が「生きる力」の教育を目指すうえで掲げた3つの能力を現したものである。画像引用元:文部科学省公式ホームページ「新学習指導要領の基本的な考え方」

 「ゆとり教育」についても述べる必要があるだろう。「ゆとり教育」とは、名前の通り「ゆとりを持った教育」である。すなわち余力を持って教育を行う、あるいは教育を受けることが「ゆとり教育」と呼ばれるものである。最も端的に「ゆとり」を示すのは、授業数削減・完全週5日制(土曜日・日曜日が休日となる)の2つであろう。詰め込み教育の反省から、子どもへの負担を軽減することと、教師の授業準備の負担を軽減することが、ねらいでもあった。また、週完全5日制は、休日における子どもの自由な活動や野外体験・ボランティア活動を促進するねらいもあった。(※3
 私は、この「ゆとり教育」を実際に体感している。小学校低学年までは、週完全5日制では無かったが、途中から週完全5日制に移行した、「ゆとり世代」である。
 なぜ「ゆとり教育」が「生きる力」の教育へ方向を変えたか、その理由については諸説ある。もっともよく耳にされるのが、学力低下への危惧であると言えるだろう。授業日数の減少や、各科目内の高度な内容削除が、子どもの学力を低下する恐れがある(ゆとり教育が実施されてからは「学力が低下している」)と批判を受けたことによると思われている。その一方で、「ゆとり教育」が直接学力低下に影響を与えたわけでは無い、という反論もなされている。これについては、藤原幸男「『ゆとり教育』改革と学力」※4)を参照していただければわかるが、「ゆとり教育」に何かしらの改革が必要であるという意見に終結するだろう。

 こうして「ゆとり教育」から「生きる力」の教育へ動き出そうとしている。その効果がどうなるかは、繰り返すが、今のところまだわからない。しかしながら、基礎を見直そうとする動きや、学校と家庭の関係を今まで以上に強固にしようとする動きは、これまでのゆとり教育とはまた違った結果を生むのではないかと思っている。これらの動きについては、小学生の子どもを持つ保護者向けに作成されたパンフレットにも記述されている。読み・書き・そろばん、さらには外遊びを推進すること、家庭におけるルール作りを勧めることなどを盛り込み、学力低下に歯止めをかける。もちろん先に挙げたように、3つの能力を踏まえたうえで、教育がなされるならば、子どもたちは「生きる力」を得ることができるであろう。(※5)ただし、問題は依然として山積みではあることを念頭に入れておかなければならない。



『B.愛国心教育』

 2つ目に取り上げるのは、「愛国心教育」である。
 愛国心教育、すなわち、国を愛する心を教育する、という意味である。小学校では平成23年4月より実施された新学習指導要領では、「第1章 総則」の「第1 教育課程編成の一般方針」の2項において以下のように記述されている。

「道徳教育は,教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき,人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その他社会における具体的な生活の中に生かし,豊かな心をもち,伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し,個性豊かな文化の創造を図るとともに,公共の精神を尊び,民主的な社会及び国家の発展に努め,他国を尊重し,国際社会の平和と発展や環境の保全に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため,その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。」※6

(左の画像は、「心のノート」と呼ばれる、文部科学省が出しているノートである。道徳教育に用いられるように小・中学校の児童・生徒に配布された。写真は中学生向けのもの。なお、私も中学生時代に「心のノート」をもらったが、道徳の時間どころか学校で使ったことは1度も無かった。どうやら、「心のノート」をどのように扱うかについても、教師の裁量に任されているようである。画像引用元:文部科学省公式ホームページ「心のノート」

 赤字で表した部分が、愛国心教育の規定するところである(なお、当然のことであるが原文は赤字では無い)。この項は道徳教育であるが、そもそも道徳教育は「道徳の時間」に限らず、全ての学校教育を通して行われるものであると規定されており、実質的にはあらゆる科目や行事において、上記の引用が影響を及ぼすことになる。
 「我が国と郷土を愛する」ことそのものが間違いであるとは言い難い。ただし、日本の歴史を顧みると、やり方によっては、危険な問題を孕んでいることも浮き彫りになってくる。明治期より太平洋戦争終結まで用いられた「教育勅語」は、その代表的な例では無いだろうか。

 「教育勅語」とその現代語訳を読むには、明治神宮公式ホームページがわかりやすいと思うため、そこへのリンクと一部の引用を以下に示す。

「勅語には、日本人が祖先から受け継いできた豊かな感性と美徳が表され、人が生きていくべき上で心がけるべき徳目が簡潔に述べられていましたが、(以下略)」※7

 心がけるべき徳目、とは、明治神宮公式ホームページにも記載されているが「教育勅語の十二の徳目」のことである。「友愛」(兄弟姉妹仲良く)や、「謙遜」(言動を慎むこと)などが挙げられる。現代の道徳教育における「人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念」や「公共の精神を尊ぶ心」を育むことに重複する点もあるのは明らかだろう。
 しかしながら、太平洋戦争後もっとも問題になったのは、この教育勅語を用いて、有事の時は国のために・天皇のために戦うことが美徳である、と説いた教育システムだったのでは無いだろうか。
 これらを総合して考えてみると、かつての「教育勅語」同様に、この学習指導要領に記述された「我が国と郷土を愛する」の部分を用いて、日本を再び戦争の道へ進めさせようというのか、という反論が、愛国心教育の抱えている問題と言えるのである。

 先ほども述べたように、愛国心教育は、単に「道徳の時間」に収まらず、あらゆる行事・科目においても、その影響を及ぼすことができる。
 それを表している部分を少し取り上げてみると、例えば平成20年3月に告示された、文部科学省「中学校学習指導要領」より、第2章第5節「音楽」では、「我が国で長く歌われ親しまれている歌曲のうち、我が国の自然や四季の美しさを感じ取れるもの又は我が国の文化や日本語のもつ美しさを味わえるもの」※8)というように、『我が国』という言葉が強調して使われている部分が多いことが挙げられる。
 また、一見して愛国心教育とは程遠い数学に関しても、同書では「第1章総則の代の2及び第3章道徳の第1に示す道徳教育の目標に基づき、道徳の時間などとの関連を考慮しながら、第3章道徳の第2に示す内容について、数学科の特質に応じて適切な指導をすること。」※9)と記述されている。道徳教育とのつながりを、数学という分野においても織り交ぜて指導するように示されているのである。

(右の画像は、文部科学省が出している「中学校学習指導要領」の平成20年3月告示版である。教育基本法や学校教育法のような法律や、中学校の各教科の指導要領が記載されている。教師は、この指導要領を理解したうえで担当する科目の授業を展開しなければならない。少し大きめの書店であれば、教育関係のコーナーにて安価で販売されているため、教師では無い人でも簡単に入手して読むことができる。また、インターネット上でも、文部科学省の公式ホームページからPDF形式でダウンロードすることが可能である。)

 これらをどのように道徳教育と関連付けて指導するかは、各学校や教師の裁量にほとんど委ねられている。国語や歴史、音楽や美術などは道徳教育と絡めやすいであろうことは、ある程度の予測がつくが、数学のような理系分野の場合は、担当教師は頭を悩ませるだろう。こういった点においても愛国心教育は問題を抱えているといって良い。

 さらに、愛国心教育と深い関係を持っている、学校教育が抱えている問題として「国歌国旗法」と教職員の職務命令違反が存在する。
 「日章旗」および「君が代」が、日本の国旗および国歌であることを定めている「国歌国旗法」に対抗し、公立学校において国歌不斉唱や国歌伴奏拒否などを行う教師は職務命令違反であるとして、解雇されるといった事件が起きているのである。(※10)日本国憲法に規定されている「思想の自由」に違反しているのではないか、という「国旗国歌法」に対する反論も挙がるが、どの裁判においても【違反していない】という判決が出ている。



 次の章では、これらの問題を解くカギが、ハワイ日本語学校の教育システムにあるのではないか、という私の主張を述べたいと思う。



<注釈>
※1 文部科学省公式ホームページ「新学習指導要領・生きる力」を参照。
※2 文部科学省公式ホームページ「新学習指導要領の基本的な考え方」を参照。
※3 文部科学省公式ホームページ「新しい学習指導要領の主なポイント(平成14年度から実施)」を参照。
※4 琉球大学教育学部紀要「『ゆとり教育』改革と学力」、藤原幸男、2002。
※5 文部科学省公式ホームページ「新学習指導要領の先行実施についての保護者向けビラ(小学校編)」を参照。
※6 「中学校学習指導要領」、文部科学省、2008年、P.15より引用。
※7 明治神宮公式ホームページ「明治神宮-明治神宮とは」より引用。
※8 「中学校学習指導要領」、文部科学省、2008年、P.75より引用。
※9 「中学校学習指導要領」、文部科学省、2008年、P.55より引用。
※10 事件の例としては東京都のある都立高校教師が、卒業式に起立して国歌を歌わなかったために、職務命令違反を理由としてその後の教師採用選考で不合格にされた事件(判例)や、小学校の音楽専門教師が入学式にて、国歌の伴奏を拒否したために戒告処分を受けた事件(判例)などがある。



4.ハワイ日本語学校から学べること

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